クラシックピアニストを育てるための保護者の方の役割

2017年1月
01 /30 2017
クラシックピアニストとは音楽大学を卒業しクラシック音楽の演奏活動を行っている人の事を指しますが、学校教育の中で一芸と呼ばれる人と変わった進路を選択するため、色々な障害が多く立ちはだかります。

一生懸命頑張っていても学校生活の中で先生やお友達の理解を得るのは難しく、孤独な状況の中で厳しい練習に向かわなければいけません。

その時支えになれるのは保護者の方だけですが、子供はいつもハイテンションで頑張ってくれるとは限りません。 ある時は「止めたい」と愚痴をもらす事も多くあります。

子どものそのような愚痴はきちんと聞いてやらなけらばいけませんが、だと言って全てを親御さんが聞いてやると音楽を続ける子供は一人もいないのではないかと思います。

親御さんの方に子供の才能を信じる強い信念が必要で、子供の愚痴に辛抱強く向き合ってあげる親御さんの忍耐も必要ではないかと思います。


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ラヴェル 道化師の朝の歌

2017年1月
01 /28 2017
4月29日(土)秋篠音楽堂でラヴェルの「鏡」から3曲抜粋で演奏致しますが、楽しみにされている生徒さんのために、少し解説をしてみたいと思います。

ラヴェルはフランス生まれですが、父はスイス生まれ、母はスペインのバスク地方の生まれだそうです。 そのため、ラベルの作品にはスペイン系の香りを彷彿とさせる曲が多くあります。

ラヴェル作曲『鏡』の第4曲目「道化師の朝の歌」もスペイン系のフラメンコの踊りを彷彿とさせる曲であります。 冒頭はフラメンコの激しく情熱的な踊りと、カスタネットやタンバリンの合いの手が聴こえてきそうなメロディーで始まります。 第3曲「海原の小舟」も演奏する予定に致しておりますが、前曲とは全く雰囲気の異なる曲です。

ラヴェルのピアノ協奏曲やヴァイオリン・ソナタにもジャズの影響を受けた箇所が見られます。

ラヴェルの作品は緻密な作曲技法が特徴であることから、ラヴェルは精密な機械仕掛けの「スイスの時計職人」と呼ばれたり、ピアノ曲をオーケストラに編曲し直すことが得意な作曲家で「管弦楽の魔術師」と呼ばれたりします。

「鏡」の中の第4曲「道化師の朝の歌」もピアノ・ソロ用だけでなく、オーケストラ用に編曲されています。

詳細はブログ「message」に書いております。


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将来の選択

2017年1月
01 /24 2017
私は小さい頃はピアノを弾くのと同じくらい絵を描くのが大好きな子供でした。 小学校低学年の間は油絵も習いに行っておりましたが、母から聞いたところによると、小さい子供には難しい油絵の具の処理をするのが手早いのとその集中力の素晴らしさに絵の先生は専門の道に進ませることを母に勧められたようです。

<小学校低学年の時に書いた水彩画と油絵>
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自画像

母は私には本来は美大の染色工芸に進んで袱紗や和装小物のデザインなどをする人になってほしかったようですが、子供ながらピアニストになりたいと私が母にはっきり断言したそうです。

絵心は音楽家には必要ですので小さい時絵の基礎を習っておいて良かったと思いますが、私がその時何故ピアニストになりたいと母に明言したのかは今では良く分かりません。 子供心にピアノは仕事、絵は趣味と思っていたような気も致します。

春の進路を考えるシーズンですが、どの道を選択するにしても、やはり本人の意思というのが必要最低条件ではないかと思います。 どの道に進んでも順風満帆というわけにはまいりません。 どこかで壁にぶつかり苦しむ時が来るわけすが、自分で選んだ道ですとどんな困難も乗り越えようとします。

親御さんに大事な事は子供を信頼して見守り、親の助けが必要な時には暖かく応援してやる事ではないかと思います。


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東京音楽大学時代に住んでいた目白バッハ館

2017年1月
01 /21 2017
私は東京音楽大学在学中は東京の山手線の目白駅から徒歩で15分位の所にあるバッハ館という音楽家専用の賃貸の防音マンションに住んでおりました。 そこは東京音大へも自転車で5分とかからず、また都心のいろいろなホールにも大変足回りが良く、周りには学習院や要人の邸宅がたくさんあるので警視庁の警備も厳しく治安上安心という事で父が決めました。

大都会東京の都心で深夜12時まで演奏ができる賃貸の防音マンションは皆無に近いので、バッハ館には著名な演奏家の方が多く住んでおられ、学生には少し贅沢なマンションでしたが、帰阪するまでそこでピアノのお勉強をしておりました。 

バッハ館は目白通りと不忍通りの交差する所に建っていた10階建てのマンションで、最寄駅は山手線目白駅、有楽町線護国寺駅と都心ライフを満喫できるロケーションにありましたが、実際には私は一日ピアノと向き合うという生活でした。        

当初は自宅のベーゼンドルファーのグランドピアノを東京に移動してもらいそれで練習をしておりましたが、バッハ館はかなり上質の防音設備でしたがそれにもかかわらず私の練習する音がマンション中に響き渡るので、1年後仕方なくベーゼンドルファーのグランドピアノは関西の自宅に戻し、東京の方にはヤマハのC3のグランドピアノを新たに購入致しました。

東京音楽大学のすぐ近くにあるのがヤマハの池袋店でしたのでそちらでグランドピアノを購入致し調律も池袋店から来て頂いておりました。

ヤマハの池袋店には輸入の珍しい楽譜がたくさんありましたので、私は在学中はマンションで練習をしているか、自転車で東京音大に授業を受けに行っているか、練習の合間に来日した外国のピアニスト(クリスチャン・ツィメルマン、パウル バトゥラ=スコダ等)の演奏会を聴きに行ったり博物館・美術館等を回っているか、または徒歩で行けるヤマハの池袋店で楽譜を見ているかのどこかにいるという生活でした。

ヤマハ池袋店の営業の方にはいろいろなピアニストの方の演奏会のご案内を頂いたりして慣れない東京での生活に不安のないよういつもご配慮を頂きました。 東京には多くの知り合いがいるというわけではありませんでしたのでマンションから歩いていけるヤマハの池袋店は東京で私が安心して行ける場所の一つで私の東京生活の大きな支えの一つになっていたのではないかと思います。

ヤマハのC3を購入するにあたって選定は用意された5台のグランドピアノの中から自分で選定致しました。 用意された5台のグランドピアノを1回ずつ弾き5分とかからず即決で決めました。 一番ベーゼンドルファーの音に近いピアノを選びその後も弾きこんでいますのでベーゼンドルファーの音に近い音がし、帰阪する時はそのヤマハのグランドピアノを持って帰り、今レッスン用に大切に使っております。

東京ではヤマハC3のグランドの調律はヤマハ池袋店の田端均さんとおっしゃる方に来て頂いておりましたが、帰阪する際、田端さんからヤマハ神戸店の佐藤誠さんをご紹介頂き、現在は自宅のレッスン用のヤマハのC3のグランドの方はヤマハの神戸店の方から調律に来て頂いております。

ヨーロッパのピアノの扱いに慣れていないまだ乱暴なタッチの子供達が非常に繊細なベーゼンドルファーのグランドピアノに触ると華奢なベーゼンドルファーのピアノを壊してしまいますので、レッスンには日本の風土や文化に強い国産のヤマハのC3のグランドピアノを使用しております。

さて私は東京音楽大学時代は中学生の時から新幹線で毎週ご自宅に通いお習いしていたピアニストの関孝弘さんに引き続いてプライべートレッスンをして頂きながら、大学では宮原節子先生という作曲がご専門の女性作曲家の方のレッスンを受けておりました。  作曲家の視点からの演奏解釈は側面補強として随分お勉強になり、ピアニスティックな面からの関先生のレッスンと自転車の両輪という感じで有意義な大学生活を送らせて頂きました。

宮原節子先生は東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校と東京芸術大学で作曲を専攻された方で、卒業後はアメリカのノートルダム大学大学院でピアノを専攻された方です。 作曲は三善晃さんのお弟子さんでフランス音楽を得意としておられます。 ピアノはお小さい頃からピアニストの野呂愛子さんに習っていらっしゃったので、ご自分の作曲された曲はご自分で初演されます。 またアメリカではラヴェルが「夜のガスパール」を献呈したルドルフ・ガンツのお弟子さんに師事していらしたそうです。

大学卒業後は宮原先生とは時折お手紙のやりとりをするだけになってしまいましたが、いつかまたお目にかかって積るお話をしたいと思っております。

小さい時お世話になった故片岡みどり先生、思春期からピアニストとして自立するまでお世話になった関孝弘先生、作曲学的見地からアドヴァイスを下さった宮原節子先生、そして今現在ピアニストとしての私を支えて下さっている阿部裕之先生と素晴らしい先生方に囲まれてピアノライフを送れている私はそれに感謝してピアノを弾き続けなくてはいけないと日々思っております。

渦中にある時は辛い思いをした時もありますが、振り返れば全て良い思い出です。 一芸で頑張り普通の人と違う道を進むというのは大きな苦労がありますが、専門を志す生徒さん達にはいろんな困難を乗り越えて頑張っていってほしいと思います。


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中学3年生からお習いしていたピアニストの関孝弘先生

2017年1月
01 /20 2017
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私は中学3年生から大学を卒業して関西へ帰阪するまでは東京在住ピアニストの関孝弘先生のお宅でプライベートレッスンを受けておりました。 

中学3年から東京音楽大学へ進学するまでは毎週日曜日新幹線で東京の等々力の関先生のお宅までレッスンに通い、半日近いレッスンを受け、いつも最終の新幹線で戻っておりました。

帰りの新幹線で疲れて眠り込み京都で気が付かず新大阪まで行ってしまい、両親が車で新大阪まで迎えに来た事もありました。

関先生は全日本学生音楽コンクール東京大会第2位、日本音楽コンクール第2位、そして多数の国際コンクール受賞という経歴をお持ちのピアニストの方ですが、東京芸術大学・大学院を卒業された後、イタリアのブレーシアでお勉強をされ、その後もイタリア人の方とご結婚されイタリアに長く滞在されていらした方です。

私がレッスンにお伺いしたのは関先生が日本に戻られてまもない頃で、日本人というよりも、西洋の方という感じでした。 奥様はマリアンジェラさんとおっしゃるイタリア人の方でミケーレ君とエレナちゃんという2人のお子様がいらっしゃいます。

レッスンは日本語でされましたが、ご家族の会話は全てイタリア語でなさっていらっしゃいました。 玄関を入った時のにおいもいつもオリーブ油とガーリックのにおいがしていましたし、置かれている家具もヨーロッパの家具で、お宅の雰囲気は外国そのものでした。

関先生はご自分のライフワークはイタリアと日本の架け橋になる事だとされておりイタリア音楽の紹介などに努めていらっしゃいましたが、私へのレッスンはピアノの基本に忠実にバッハ、ショパンのエチュード、べートーヴェンのソナタ、近現代の音楽等で、1曲に付き3回しかレッスンをしない(言い換えれば3回のレッスンで仕上げる)という厳しいものでした。

今私の手元には膨大な数のカセットテープ、MD、DATのテープが残っております。

今生徒さんを教える仕事に携わるようになって、思春期の多感な時期を、私が高いモチベーションを持ち続けられるように引っ張って下さった関先生のご努力に感謝するばかりですが、その時はそんな事も知らず、只々がむしゃらに走り続けておりました。

大学に入学した後も定期的にレッスンに通いプロとしての演奏を教わったように思います。 今は京都在住のピアニストの阿部裕之先生にレッスンして頂いておりますが、関先生の教えがあったからこそ厳格な阿部先生のレッスンにもついていけているのではないかと関先生に感謝する事は多くあります。

私も多くの先生方に育てられてまいりましたので、その恩返しとして次は多くの生徒さんにその技術を受け渡していく事が出来ればとの思いで日々レッスンをしております。

関孝弘先生公式サイト



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相愛大学名誉教授故片岡みどり先生のご自宅でのレッスン

2017年1月
01 /18 2017
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私は小学生の時から中学2年まで宝塚の中山寺にある相愛大学名誉教授片岡みどり先生のご自宅へ2時間半かけて10日に1回母とピアノのレッスンに通っておりました。

片岡先生は当時すでに大学の名誉教授でいらしたので、生徒さんの多くは下見の先生がいて月に1回レッスンを受けに来る人や、コンクール前のアドヴァイスレッスンで通ってくる生徒さんが多く、直接にご自宅でレッスンをして頂いている小学生は私一人でした。

ご自宅はお屋敷といった方が良く、前庭は車が50台は停められる広さでした。 敷地には母屋とレッスン室の2棟建てられており、レッスン室だけで今の私の家と同じくらいの広さがありました。

レッスン室の玄関にはコート掛けと生徒さん専用のお手洗いがあり、そこでコートを脱いで身づくろいをすませお手洗いも済ませ、教本を鞄から出して手に持ってドアをノックしてがらんとした広いレッスン室に入るのですが、その恐怖といったら言葉で言い表せる恐怖ではありませんでした。

片岡先生のお宅には住込みのお手伝いさんがいらして、片岡先生は家事やその他のお家の雑用は一切されない方でした。 レッスン室に入るとお手伝いさんがお茶を持ってきて下さり「奥様は今来られますので。」と応対して下さいます。

手と体が温まった頃、「お待たせ」と甲高い声で母屋に通じるドアから片岡先生が入って来られるのですが、その威圧感は恐怖以外の何物でもなく、しんとした部屋に母の息をのむ音が広がっておりました。

レッスンは1小節で1時間というのは日常茶飯事で、いつも3時間以上をかけての綿密なレッスンでした。 今私がピアニストとしてやっていられるのは全てこの時の片岡先生の熱心なご指導によるものと、今は感謝するばかりですが、その当時は先生のおっしゃる事が良く分からず、帰りの電車の中ではいつも涙を流しながらひたすら先生のご注意を楽譜に書きこんでおりました。

帰りに梅田で母にチョコレートパフェを食べさせてもらうのが、楽しみだったように思います。 母は厳しいレッスンでボーとしている私を大阪の雑踏で見失わないように無事に奈良の家まで連れて帰るのが大変だったようです。

私がこのような古き良き厳しいレッスンを知る最後の世代かもしれません。 今は子供たちの世相も変化しており、このような厳しいレッスンは今の子供たちには通用致しませんし、親御さんのライフ・スタイルも変わっております。 

しかしピアノ・レッスンは師弟関係の世界である事は今も変わりなく、ピアノのおけいこは子供たちにとったら楽しいばかりではなく辛い事も多いのではないかと思います。

師弟関係の世界は親御さんの暖かいサポートがあるからこそ成立する世界かもしれません。


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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第15番 ニ長調 「田園」

2017年1月
01 /17 2017
ベートーヴェンのピアノ・ソナタの「田園」に取り組まれる生徒さんがいらっしゃいますので、今日はこの曲について簡単に書いてみます。

ピアノ・ソナタ第15番ニ長調作品28はベートーヴェン(1770~1827)が1801年に作曲したピアノ・ソナタですが「田園」という通称で知られております。

初版は1802年8月、ウイーンの美術工芸社から出版されヨーゼフ・フォン・ゾンネンフェルス男爵へ献呈されております。

「田園」という愛称はベートーヴェンの死後の1838年、ハンブルクの出版社クランツが出版する時に「田園」と銘打ったのが最初とされておりますが、楽曲の性格をうまくとらえております。

作曲形式は伝統的であり回顧的な趣を呈しております。

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 「田園」♫~ウィルへルム・ケンプ


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ピアノの練習時間

2017年1月
01 /16 2017
ピアノの練習時間はどのくらい確保すれば良いのでしょうか?

年齢にもよりますが、導入の時期は「毎日ピアノを練習をする」という習慣付けが一番大切な目的ですので、たとえ5分でも毎日ピアノの前に座る事が大切です。 しかし音楽が好きと言う気持ちも同時に育てなくてはいけませんので音楽の楽しさを学ぶ事も大事です。

次は小学校低学年の間ですが、この時期は少し集中力もでてきますのである程度の練習時間には耐えられるかと思います。 短くて30分、長くて2時間くらいでしょうか。

将来専門に進むお子さんでもこの時期は長くてまだ2時間くらいの練習時間が自然かと思います。 人間の集中力には限界がありますので、小学校低学年の時期は親御さんがお子さんを必要以上に長くピアノの前に縛り付けるのはあまり効果はありません。 それどころか悪い癖が付く原因になるという弊害の方が多いと思います。

低学年の間はピアノの練習は長くても2時間くらいで済ませて、スイミングスクールに通うとか、絵やバレエを習うなどの感性の育成に時間を使われた方がピアノのためにも効果は高いかと思います。

3年生くらいになると将来専門に進むお子さんと趣味で続けるお子さんとでは練習時間にも違いが出てきます。 趣味で続けるお子さんの場合は毎日30分から1時間練習すればそれで十分だと思いますが、将来専門に進むお子さんの場合はもう少し長い時間の練習量が必要になります。

また将来専門にと申しましても、全日本学生音楽コンクールのようなハードなコンクールを経由して東京の一流音楽大学に進むのか、地方の音楽大学に進学するのかで練習時間も内容もかなり違ってまいります。

前者の場合はピアノは一日に8時間の練習は必要になってきますので、お勉強をいかに集中して短い時間で済ませるかが鍵になります。 後者の場合でも一日4~5時間の練習量は必要かと思います。

ところでお勉強の場合はよく早朝起きて朝特訓をしたりしますが、ピアノの場合は睡眠時間を削っての早朝の練習は子どもの場合にはあまり意味がありません。 むしろ寝ぼけたまま練習する事で悪い癖が付く場合が多く、朝はゆっくり休んで夕方の練習のためのエネルギーをため、時間の足りない部分は練習の内容を工夫する方が良いです。

時々自分の練習時間と練習内容を見直して効率の良いカリキュラムを考え直すのも必要かと思います。


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新年から4歳の導入の方が新しくお勉強を始められます。

2017年1月
01 /08 2017
新年から4歳の導入の方が新しくピアノのお勉強を始められます。

お渡しした教材は①音符カード、②うたとピアノの絵本1、③おんぷにこにこワーク、④リズムのほん1、⑤こどものバイエル1です。

音楽の大好きな男の子ですので、様子を見ながら教材を増やしていく予定です。

最近はリトミックが普及しており導入で来られた時にはすでに音符が読めるというお子さんも多くいらっしゃいますが、導入で一番大切なのはソルフェージュの力の育成かと思います。

昔はピアノのおけいこといえば横で親御さんが仁王立ちになり厳しく弾かせたというお話も時々聴きますが、私にはそんな怖い経験はありません。 私にとってはピアノで音楽を作るという作業は絵を描くのと同じ楽しい作業だったように思います。

いつも導入の方が来られる度に思う事ですが、ピアノを弾く事が生活の歓びとなってくれたらと願います。

これから一緒に頑張ってまいりましょう。


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謹賀新年2017

2017年1月
01 /05 2017
今年もよろしくお願い申し上げます。

昨年末は年末ぎりぎりまで体験レッスンの方が続き慌ただしく新年を迎えましたが、当教室の2017年のレッスン開始は明日の6日(金)から始まります。

トップバッターは大人の方ですが、昨年よりショパンのバラードに挑戦されており今年はその仕上がりを楽しみにしております。

お子さん方はそれぞれの目標が違いますので、皆ご自分のペースで頑張っていってほしいものだと願っております。

今年も生徒さん達は各種コンクールに向けて頑張られる事と思いますが、コンクールもプロを目指すコンクールからアマチュア向けのコンクールまで各種ございます。

高い目標に向けて頑張る事も大切ですが、自分の力を知り自分に合ったコンクールに挑戦して達成感を得る事も意義のある事です。

当教室ではコンクールへの参加は生徒さんの自主性を尊重しておりますので、私からのアドヴァイスを参考にしながら、有意義な音楽人生が歩めるように各ご家庭でよく検討されてほしいものだと思います。


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