相愛大学名誉教授故片岡みどり先生のご自宅でのレッスン

2017年1月
01 /18 2017
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私は小学生の時から中学2年まで宝塚の中山寺にある相愛大学名誉教授片岡みどり先生のご自宅へ2時間半かけて10日に1回母とピアノのレッスンに通っておりました。

片岡先生は当時すでに大学の名誉教授でいらしたので、生徒さんの多くは下見の先生がいて月に1回レッスンを受けに来る人や、コンクール前のアドヴァイスレッスンで通ってくる生徒さんが多く、直接にご自宅でレッスンをして頂いている小学生は私一人でした。

ご自宅はお屋敷といった方が良く、前庭は車が50台は停められる広さでした。 敷地には母屋とレッスン室の2棟建てられており、レッスン室だけで今の私の家と同じくらいの広さがありました。

レッスン室の玄関にはコート掛けと生徒さん専用のお手洗いがあり、そこでコートを脱いで身づくろいをすませお手洗いも済ませ、教本を鞄から出して手に持ってドアをノックしてがらんとした広いレッスン室に入るのですが、その恐怖といったら言葉で言い表せる恐怖ではありませんでした。

片岡先生のお宅には住込みのお手伝いさんがいらして、片岡先生は家事やその他のお家の雑用は一切されない方でした。 レッスン室に入るとお手伝いさんがお茶を持ってきて下さり「奥様は今来られますので。」と応対して下さいます。

手と体が温まった頃、「お待たせ」と甲高い声で母屋に通じるドアから片岡先生が入って来られるのですが、その威圧感は恐怖以外の何物でもなく、しんとした部屋に母の息をのむ音が広がっておりました。

レッスンは1小節で1時間というのは日常茶飯事で、いつも3時間以上をかけての綿密なレッスンでした。 今私がピアニストとしてやっていられるのは全てこの時の片岡先生の熱心なご指導によるものと、今は感謝するばかりですが、その当時は先生のおっしゃる事が良く分からず、帰りの電車の中ではいつも涙を流しながらひたすら先生のご注意を楽譜に書きこんでおりました。

帰りに梅田で母にチョコレートパフェを食べさせてもらうのが、楽しみだったように思います。 母は厳しいレッスンでボーとしている私を大阪の雑踏で見失わないように無事に奈良の家まで連れて帰るのが大変だったようです。

私がこのような古き良き厳しいレッスンを知る最後の世代かもしれません。 今は子供たちの世相も変化しており、このような厳しいレッスンは今の子供たちには通用致しませんし、親御さんのライフ・スタイルも変わっております。 

しかしピアノ・レッスンは師弟関係の世界である事は今も変わりなく、ピアノのおけいこは子供たちにとったら楽しいばかりではなく辛い事も多いのではないかと思います。

師弟関係の世界は親御さんの暖かいサポートがあるからこそ成立する世界かもしれません。


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