中学3年生からお習いしていたピアニストの関孝弘先生

2017年1月
01 /20 2017
P1030797.jpg

私は中学3年生から大学を卒業して関西へ帰阪するまでは東京在住ピアニストの関孝弘先生のお宅でプライベートレッスンを受けておりました。 

中学3年から東京音楽大学へ進学するまでは毎週日曜日新幹線で東京の等々力の関先生のお宅までレッスンに通い、半日近いレッスンを受け、いつも最終の新幹線で戻っておりました。

帰りの新幹線で疲れて眠り込み京都で気が付かず新大阪まで行ってしまい、両親が車で新大阪まで迎えに来た事もありました。

関先生は全日本学生音楽コンクール東京大会第2位、日本音楽コンクール第2位、そして多数の国際コンクール受賞という経歴をお持ちのピアニストの方ですが、東京芸術大学・大学院を卒業された後、イタリアのブレーシアでお勉強をされ、その後もイタリア人の方とご結婚されイタリアに長く滞在されていらした方です。

私がレッスンにお伺いしたのは関先生が日本に戻られてまもない頃で、日本人というよりも、西洋の方という感じでした。 奥様はマリアンジェラさんとおっしゃるイタリア人の方でミケーレ君とエレナちゃんという2人のお子様がいらっしゃいます。

レッスンは日本語でされましたが、ご家族の会話は全てイタリア語でなさっていらっしゃいました。 玄関を入った時のにおいもいつもオリーブ油とガーリックのにおいがしていましたし、置かれている家具もヨーロッパの家具で、お宅の雰囲気は外国そのものでした。

関先生はご自分のライフワークはイタリアと日本の架け橋になる事だとされておりイタリア音楽の紹介などに努めていらっしゃいましたが、私へのレッスンはピアノの基本に忠実にバッハ、ショパンのエチュード、べートーヴェンのソナタ、近現代の音楽等で、1曲に付き3回しかレッスンをしない(言い換えれば3回のレッスンで仕上げる)という厳しいものでした。

今私の手元には膨大な数のカセットテープ、MD、DATのテープが残っております。

今生徒さんを教える仕事に携わるようになって、思春期の多感な時期を、私が高いモチベーションを持ち続けられるように引っ張って下さった関先生のご努力に感謝するばかりですが、その時はそんな事も知らず、只々がむしゃらに走り続けておりました。

大学に入学した後も定期的にレッスンに通いプロとしての演奏を教わったように思います。 今は京都在住のピアニストの阿部裕之先生にレッスンして頂いておりますが、関先生の教えがあったからこそ厳格な阿部先生のレッスンにもついていけているのではないかと関先生に感謝する事は多くあります。

私も多くの先生方に育てられてまいりましたので、その恩返しとして次は多くの生徒さんにその技術を受け渡していく事が出来ればとの思いで日々レッスンをしております。

関孝弘先生公式サイト



レッスン問い合わせ