東京音楽大学時代に住んでいた目白バッハ館

2017年1月
01 /21 2017
私は東京音楽大学在学中は東京の山手線の目白駅から徒歩で15分位の所にあるバッハ館という音楽家専用の賃貸の防音マンションに住んでおりました。 そこは東京音大へも自転車で5分とかからず、また都心のいろいろなホールにも大変足回りが良く、周りには学習院や要人の邸宅がたくさんあるので警視庁の警備も厳しく治安上安心という事で父が決めました。

大都会東京の都心で深夜12時まで演奏ができる賃貸の防音マンションは皆無に近いので、バッハ館には著名な演奏家の方が多く住んでおられ、学生には少し贅沢なマンションでしたが、帰阪するまでそこでピアノのお勉強をしておりました。 

バッハ館は目白通りと不忍通りの交差する所に建っていた10階建てのマンションで、最寄駅は山手線目白駅、有楽町線護国寺駅と都心ライフを満喫できるロケーションにありましたが、実際には私は一日ピアノと向き合うという生活でした。        

当初は自宅のベーゼンドルファーのグランドピアノを東京に移動してもらいそれで練習をしておりましたが、バッハ館はかなり上質の防音設備でしたがそれにもかかわらず私の練習する音がマンション中に響き渡るので、1年後仕方なくベーゼンドルファーのグランドピアノは関西の自宅に戻し、東京の方にはヤマハのC3のグランドピアノを新たに購入致しました。

東京音楽大学のすぐ近くにあるのがヤマハの池袋店でしたのでそちらでグランドピアノを購入致し調律も池袋店から来て頂いておりました。

ヤマハの池袋店には輸入の珍しい楽譜がたくさんありましたので、私は在学中はマンションで練習をしているか、自転車で東京音大に授業を受けに行っているか、練習の合間に来日した外国のピアニスト(クリスチャン・ツィメルマン、パウル バトゥラ=スコダ等)の演奏会を聴きに行ったり博物館・美術館等を回っているか、または徒歩で行けるヤマハの池袋店で楽譜を見ているかのどこかにいるという生活でした。

ヤマハ池袋店の営業の方にはいろいろなピアニストの方の演奏会のご案内を頂いたりして慣れない東京での生活に不安のないよういつもご配慮を頂きました。 東京には多くの知り合いがいるというわけではありませんでしたのでマンションから歩いていけるヤマハの池袋店は東京で私が安心して行ける場所の一つで私の東京生活の大きな支えの一つになっていたのではないかと思います。

ヤマハのC3を購入するにあたって選定は用意された5台のグランドピアノの中から自分で選定致しました。 用意された5台のグランドピアノを1回ずつ弾き5分とかからず即決で決めました。 一番ベーゼンドルファーの音に近いピアノを選びその後も弾きこんでいますのでベーゼンドルファーの音に近い音がし、帰阪する時はそのヤマハのグランドピアノを持って帰り、今レッスン用に大切に使っております。

東京ではヤマハC3のグランドの調律はヤマハ池袋店の田端均さんとおっしゃる方に来て頂いておりましたが、帰阪する際、田端さんからヤマハ神戸店の佐藤誠さんをご紹介頂き、現在は自宅のレッスン用のヤマハのC3のグランドの方はヤマハの神戸店の方から調律に来て頂いております。

ヨーロッパのピアノの扱いに慣れていないまだ乱暴なタッチの子供達が非常に繊細なベーゼンドルファーのグランドピアノに触ると華奢なベーゼンドルファーのピアノを壊してしまいますので、レッスンには日本の風土や文化に強い国産のヤマハのC3のグランドピアノを使用しております。

さて私は東京音楽大学時代は中学生の時から新幹線で毎週ご自宅に通いお習いしていたピアニストの関孝弘さんに引き続いてプライべートレッスンをして頂きながら、大学では宮原節子先生という作曲がご専門の女性作曲家の方のレッスンを受けておりました。  作曲家の視点からの演奏解釈は側面補強として随分お勉強になり、ピアニスティックな面からの関先生のレッスンと自転車の両輪という感じで有意義な大学生活を送らせて頂きました。

宮原節子先生は東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校と東京芸術大学で作曲を専攻された方で、卒業後はアメリカのノートルダム大学大学院でピアノを専攻された方です。 作曲は三善晃さんのお弟子さんでフランス音楽を得意としておられます。 ピアノはお小さい頃からピアニストの野呂愛子さんに習っていらっしゃったので、ご自分の作曲された曲はご自分で初演されます。 またアメリカではラヴェルが「夜のガスパール」を献呈したルドルフ・ガンツのお弟子さんに師事していらしたそうです。

大学卒業後は宮原先生とは時折お手紙のやりとりをするだけになってしまいましたが、いつかまたお目にかかって積るお話をしたいと思っております。

小さい時お世話になった故片岡みどり先生、思春期からピアニストとして自立するまでお世話になった関孝弘先生、作曲学的見地からアドヴァイスを下さった宮原節子先生、そして今現在ピアニストとしての私を支えて下さっている阿部裕之先生と素晴らしい先生方に囲まれてピアノライフを送れている私はそれに感謝してピアノを弾き続けなくてはいけないと日々思っております。

渦中にある時は辛い思いをした時もありますが、振り返れば全て良い思い出です。 一芸で頑張り普通の人と違う道を進むというのは大きな苦労がありますが、専門を志す生徒さん達にはいろんな困難を乗り越えて頑張っていってほしいと思います。


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